活動履歴

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2000年12月

年賀状を書く時、友達に『HP出した』って自慢したい。」こんな軽い考えでHPを作る事を決意!

まずはテーマだ、何にしよう。

第1案 CADを10数年やっていたので、苦労話や、仕事の流れなど・・・

第2案 プロバイダーが有線放送運営だったため、カラオケを30曲くらいダウンロードしていた。

音楽配信もチャレンジしていて便利さを実感してた。リンク集・・・これだ!
第2案で簡単に決まる。

ネット状況:ISDN

2001年1月~3月

とりあえず、3ページくらいのHP
「音楽配信リンク集」が出来た!

年賀状には念願の「HP出しました!」いい響き。

2001年7月

インディーズサイトを貼っていたらアーティストさんからリンク依頼が入った。

カテゴリに「インディーズアーティスト」を追加。

自分は一度もライブハウスに行った事がないしミュージシャンの知り合いもいない。
うまくやっていけるだろうか、不安のままスタート。

2001年8月~

バンドさんが「今度ライブ見に来てください。」と言ってくる。
「バンドってライブ見て欲しいんだ。」とその時初めて知る。

では山形のバンドのHPを貼ろうとある掲示板に書き込み、
山形「平和コンサート」で”カッパマロ”の初ライブ取材をすることに!
ライブの楽しさ、音楽の素敵さにワクワクが止まらなかった。

Vo.ミトベ氏との出会いは私の活動にとって大きな影響を与える。

自分は若い頃楽しい事があまりなかったし自信もなかった。
「何であの頃こういうシーンに出会わなかったのだろう。」としみじみ感じた。
「同じような子がいるかもしれない。

ライブは全然ダーティーなイメージではなく、バンドマンもやさしい。
老若男女、隔たりなくバリアフリーのシーンなんだ。」ということを広げたいと思い始めた。

2001年12月~2002年3月

怪現象・・・ロボットサーチが何の言葉を拾ったのか、1日400アクセスを超える日が2週間ほど続いた。

最高で1日547アクセス!

「音楽配信リンク集」初のオフ会開催!!!
バンドマン10名参加

翌日は静岡オフ会!
バンドマン4名参加

その中のK氏はCMディレクター。
その後いくつかのCMにバンド/アーティストの曲をタイアップするお仕事をいただく

2002年8月~9月

サイト名変更
「音楽配信リンク集」→「MEDIA-AKI,com」

2003年6月

音楽事務所、レーベルさんと出会い始める。

・山形フリーペーパー「ほんきこ」に参加。
活動の様子を書いていったが、1年で多忙のため脱退。
しかしここで色んなジャンルの方と出会い刺激を受ける。

2004年

“カッパマロ”ミトベ氏主催LIVE-BOXに協賛。
月に一回のペースで他県バンドさんのブッキングに協力。

見たかったバンドさんを山形で見れるようになる。

  • TV局提携サイトに協力、コラム隔月執筆。
  • FM山形に月いちくらいのペースで生放送5分枠を頂く。
  • ギタリスト西川進氏と出会う。

西川さんとはサイト開設以来一番大きな出会いだった。

2005年1月

★西川進氏とネットラジオ「進とAKIのかなり興奮状態!」を始める。
(現在終了)

2005年6月

ラジオコーナー頂く

  • YBCラジオ「イブニング・スコープ」 毎月1回10分枠(終了)
  • ラジオモンスター 「Music junction」毎月1回30分枠(終了)

バンド出演または曲を紹介。
数年出演させていただきました。

2005年6月

かわさき音楽コンテストの登録曲から、AKIとNEBOBRANDねぼすけが送るネットラジオ「ミュージック・どっとラジオ」放送開始! (終了)

2006年~

CMタイアップのお仕事をいただくようになる。

【お世話になった方々】

山形の広告代理店Sさん
(TV局サイトに執筆してからの繋がり)

東京のCMディレクターSさん
(mixiで知り合う)

岩手のCMディレクターSさん
(CMディレクターSさんに紹介していただいた)

静岡のCMディレクターKさん
(静岡バンドのVoさんとしての出会いから)

山形TV番組プロデューサーOさん
(バンドマンIくんからの紹介)

タイアップのお仕事をするようになった時、
ネット業界のT-1さんからこんなアドバイスをいただいた。

 

タイアップにインディーズの曲を使う時は予算がない場合がほとんど。
そんな時、アーティストやレーベルは「紹介していただけるならタダでもいいです。」って言ってもいいけど、バンドマンがどんな思いで活動続けているか、どんな思いで曲を書いてるか知ってるAKIさんは、「タダでいいです。」って絶対言ったらダメなんだよ。
いい音楽にはお金を払うってシーンは僕たちが作っていかなければならないんだ。

この言葉は今でも私の胸に焼き付いています。
アーティストにお仕事を出すということと、
お金をいただくのにふさわしい音楽を提供するということ。
これが音塾の減点なのです。

2006年

「とっておきの音楽祭in山形」副実行委員長をやらせていただく。
ここでたくさんの素敵な出会いがありました。
”障害のある人もない人も一緒に演奏し、音楽を楽しみ、
 オンガクのチカラで、「心のバリアフリー」を目指す音楽祭”
 という素敵なイベントだと実感しました。

ベーシストFIREさんとネットラジオ
「FIRE-AKIのぬかるみの世界(仮)」スタート!(終了)

つづく…

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